
ある友人から一冊の本をいただいた。
岡本太郎氏の『今日の芸術』。
前から上手い絵を描きたいと思っていた私に、彼の芸術論を一読してみた方がよいとすすめられた。
読み終えた時の率直な感想は、もう芸術論なんてどうでもいいやという感じだった。
絵について悩んでいたくせにこんな感想を持つのは変かも知れないけど、芸術ってこうなんだ、こう作ってゆくべきなんだって、いざハッキリ言われるとそれが胡散臭く感じるというか・・・ああ、もう自分が感動するならそれが芸術じゃないか!という自由な気持ちになった。
本の中で岡本氏は、芸術は型にとらわれず常に新しいものを作り出すことだと主張し、『出る杭は打たれる』・『右へならえ』のような日本社会を批判していた。
私は彼の主張自体は的を得てると思うし、社会に対する切り込み方もよいと思う。
しかし、そう明言されると、そのような考え方さえ妙に窮屈に思えてしまった。
古いとか、新しいとか、何に価値があるのか・・・そんなことにとらわれていて何が作れるのだろうか。
真新しさを追求し、何かの枠を超えるものを作ろうとしたとて、岡本氏の考えに縛られてしまえばいずれは行き詰まり、退屈なものばかりになってしまう。
だから私はこう開き直る。
右にならいたいのなら右にならえばよい。その方向に自分が面白そうと思えるものがあるなら、素直にそちらに行ってみればよい。
既成であろうと流行であろうと、自分が興味を持ったのなら浅ましくあやかっているわけではないと思う。
単に流行物だからというだけで否定するのは、一見自分の意思のようだが実は反骨精神に酔っているだけ。知らず知らずのうちにそのような型にはまっていることになる。
楽しむことや感動することに理屈は必要ないはずである。
それでも自分の中に「何でもありだ!自分を信じよう。」という気持ちが芽生え、吹っ切れたような気分になれたのだからある意味この本の狙い通りなのかも知れない。(笑)
≫追記 2014. 8. 7
岡本太郎氏の『今日の芸術』のレビュー。
私は星3つのうもさんという方の感想とほぼ同じである。
何故かと改めて考えてみたら、すでに“開かれた時代”に自分がいるからだと思う。
例えばpixivなどに素人が絵を描いて載せてすごく人気が出て盛り上がったり、アニメやコミックイラストなどの浸透もあって、この本が書かれた50年前よりは大衆の創作に対する敷居がだいぶ低くなったのではないかと思う。
その点は岡本氏が願っていた世の中になったのだと思う。
しかし、アニメにはアニメの八の字文化がいずれは形成されてきてしまうわけで。まあ、その辺は後ろのページの解説で赤瀬川原平氏が少しだけ触れているのだが。
もし、岡本氏が現在もご存命であったなら、八の字文化を完全否定したり、前衛観念に呪縛されている芸術界というのもつまらないですよと意見を送りたい。
著書の冒頭でせっかくご本人が
「納得できないふしがあったり、反対の意見があれば、どんどん、ぶっつけてきてください。」
と仰っているのに、それができないのが残念で仕方がない。


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